ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

児童ポルノ単純所持規制は「意に反する」ものに限定すべき

表題の件について僕の考えをまとめておきたい。だいぶ前に書きためたまま発酵させていた。

先日、米国でFBI捜査官がおとり捜査で児童ポルノを閲覧させて、そのサムネイル画像がローカルディスク内に見つかったことをもって、児童ポルノ単純所持の容疑で逮捕された人物の存在が話題になった。日本法ではおとり捜査は禁止されているので*1、このような恐ろしい事案は単純所持が規制されても理論的には生じることはない。

以下「児童」「児童」と書いているけど、日本語として正確な表現は「少年」であることに注意。

児童ポルノを規制するべき理由は、僕が考える限りでは3通りある:

第一に、児童の性的自由。これは(主に写真動画撮影などを意識しているが)パターナリズムのあらわれとして、ポルノグラフィのモデルになることについて真摯な同意を与えることはできないだろうという思想のあらわれである。

第二に、風俗秩序の維持。これについては、(1)児童を性愛の対象と見ることは倫理的にけしからんという立場と、(2)児童ポルノを許容することで児童が真摯な同意なくポルノ産業の被害者となる風潮が社会に蔓延するのは好ましくないという立場があるが、(1)は個人の思想(嗜好)に立ち入る考え方であって、妥当性を欠く(同性愛は倫理的にけしからんという立場についても同様のことが言える)。(2)はわいせつ物規制に関する「わいせつ物が犯罪を助長する」という議論と同質のもので、これは憲法学上全く支持されていない考え方である。

なお、(3)年長者が児童を性的に搾取することは許されないという立場も考えられるが、これは児童ポルノに直接関係する話ではない(むしろフィルタリング規制の問題に近い)。これは、年齢差のある性的関係の構築を規制することで解決できる問題であり、海外では実際にこのような解決法がとられているようだ。

第三に、児童のプライバシー。これは通常は挙げられることがないか、性的自由の中で評価されてしまうと思われるが、不特定多数の相手に自分の写真動画等が出回ることではなく、それを見られたくない相手に写真動画等を所有される等の事態を防ぐべきであるという立場である。(「ライフ」みたいな例を想定している*2。)

これについては、児童本人が所持してほしくない相手に対して削除を要求できる仕組みがあれば解決する問題と言える。

以上から分かることは、児童ポルノ規制の保護法益は児童の個人法益であり、社会法益を理由とする規制には全く理由がないということである。

さて、ここから演繹される結論のひとつは、(準児童ポルノの議論にもあるが)被害者が存在しないところに国家が関与する余地はない、というものである。

自らの過去の写真等を所持している場合や、児童カップルの間で自分たちの写真を所持しているような場合*3まで違法とする必要はないので、犯罪の成立が無制約では、憲法表現規制に対して課せられる「過度に広汎な規制」の禁止に牴触れてしまう。

具体的に「被害者が存在しない」ことを要件とするにはどうすればよいか。既にあるアイディアとして、親告罪にしてしまえばよいのではないか、というものがあるが、
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080325/cp

処罰感情への対処というのが理論的には不要であることはさておき、僕の理解ではいくつか問題がある。

  • 行方不明児童は自らの意思で行方をくらましていて誘拐の痕跡が全くない(あるいは誘拐ではないという痕跡がある)場合も多いだろうから、必ずしも略取誘拐罪で対応できるとは限らない。
  • 保護者を告訴権者として認めることが出来るかという問題

後者は、そもそも児童ポルノを撮影する加害者にある程度保護者自身がいるのではないかという懸念でもある*4。その意味では、親告罪とするよりも、被害児童の「意に反して」という構成要件を追加することで対応できないかと思う。これは具体的には、(a)意に反して配布されているという客観的構成要件要素と、(b)意に反して配布されていることを知って所持するという主観的構成要件要素とがある。そして(b)については確定的故意を要求しなければならないであろう。*5

ただし児童本人の同意だけではパターナリズムの観点から意味がないという立場もあり得るので、18歳未満の児童については保護者の同意を違法性阻却の加重要件としても良いであろう。当人が18歳以上であれば、当人が判断することが出来るはずである。

もっとも、「意に反して」という文言を採用している刑法の条文は存在しないので、この構成に何らかの意味で問題がある可能性は否定しない(通常は親告罪とすることで足りているのであろう)。真っ先に思いつくのは、そもそも「被害者の同意」がある場合には、犯罪は成立しないという問題である。これについては、児童ポルノに関しては、被害者の同意を判断する基準そのものが通常の刑法犯とは異なる(パターナリズムが適用されている)ことから、あえて明示的に規定を設け、特別扱いする、と説明することはできる。

また、この場合、特に警察・検察側が児童本人の意思を確認する際には、書証作成の手続において性的嫌がらせ*6を受けないよう、児童保護のための監督官を同伴させる必要があるだろう。

行方不明児童については、細かい規定で不同意と見なせるような気もする。

以上でとりあえず僕がハッキリと言いたいことは次の2点だ:

  • 児童ポルノ規制は児童の個人法益のみを守るものであるということ
  • 児童本人および保護者の同意がある場合を除外するなどの除外規定を設けなければ「過度に広汎な規制」に該当し違憲であるということ

本来であれば最低でも上記のような細やかな対応を条文に反映させていなければならないはずで、現在の違法化議論については拙速であり「やらない方がマシ」と言うべきであろう。

(これとは別にメール爆弾やらWebキャッシュやらの問題で、やはりそもそも単純所持規制は適当ではない、という意見はなおあり得る。)

*1:麻薬・覚醒剤等の捜査で限定的に判例で適法とされた事例があるが、本件とは全く性格が異なる。

*2:「ライフ」のような例は脅迫罪を構成しうるので必ずしも適切な例とは言えないが

*3:真摯な交際であればそのような写真を撮っているはずがない、という思考は、個人の性的趣味に立ち入りすぎである

*4:白夜行」みたいなのを想像している。

*5:蒐集行為についてこれを除外するか否かという議論は、さまざまな解釈の余地があり望ましくはないがなお有り得る。

*6:「ほう、きみはこんな写真が出回ってもいいって考えているんだ」みたいなことを言われて同意を否定させようと「尋問」することが考えられる。