ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

民法と刑法: CrossAppDomainな挑戦

最初にお断りしておくと、.netとは何も関係ない話だぁよ。

アメリカの判例というものは概して先例的価値が無いものだし(アメリカの法学論文を研究論文で引用する人って一体どんだけ居ますか)、往々にして先例的価値が無い時代があるけれど、これは別にアメリカに限った話ではなくて、日本でも戦時中の判例は多くが学問的には無視されている*1。裁判例を理解するには、まず判決当時の政権がどういう指向のものであり、三権分立がちゃんと確立している時代であるのか、把握しておく必要があろう。

というのが、僕がgrokster判決が出た時にまず思った事だったりする。で、判決が出てから、僕の中では主に主観的違法論に先祖返りするアメリカおよび日本の危険な動向(例の共謀罪とか)について言及するつもりだったのだけど、どうも根本からこの判例は(要旨の日本語訳を眺めただけだけど)あんまし検討する価値がないかな、と思っている。なぜなら僕は日本人であり、代位侵害論などという概念とは無縁だからだ。もしかして僕が単に不勉強だったのかと思い内田民法のテキストを眺めてみたが、そんな用語は載ってない。まー版が古いからなコレ。

ともあれ、そんなわけでこの判決も日本人としては日本法の文脈で考えながら読むのが筋だと思うのだけど、ソフトの配布行為自体は合法であり、betamaxの時と同様に違法ユーザーが利用しうるという意識の可能性はあり、significantな合法ユーザーが存在しているという点で違いは無い(いやあるんだっけ?)。つまり権利侵害の客観的構成要件が満足していないのだ(この客観的構成要件という語句は刑法のものなので民法の議論をするときは馴染まないのだけど、まあそのへんは後で議論する)。

この判決がおかしいのは、客観的構成要件を満足しないにもかかわらず、「侵害を奨励する意図の証拠」がsiginificantである、と論じている点だ。つまり、主観的に権利侵害を奨励する意思*2があれば、客観的構成要件を満足していなくても権利侵害が成立する、と言っているのである。

僕はOffice事件の判決が出た時にも、積極加害意図があろうがなかろうが、緊急避難(過剰避難)が成り立つ場合は犯罪が成立しない、という、同様の批判を書いた記憶がある。が、これはある意味あれよりもたちが悪い。あれはまかりなりにも正当化事由の話であり、古い学者には積極加害意図があれば正当防衛や緊急非難は成立しないというのも存在するからだ*3。ひるがえってこちらの判決はむちゃくちゃだ。客観的構成要件を満足していなくても故意を問題にすべきである、と言っているのだ。みそしるで人を殺せると思って飲ませたら殺人罪が成立するかもしれない*4

で、groksterの話は終わりでここからが本題なのだけど(えー)、僕はこの判決を知った時、民法の訃報好意…なんちゅう変換するんじゃanthy不法行為は一体どういう理論に基づいて認定されているのだ、ということが非常に気になったのだ(僕は刑法畑の出身なのであんまし詳しくない)。そんなわけで以前に法教で流行った佐伯・道垣内対談を読み直していたりして、まだ読み終えていないのだけど、不法行為の認定のしかたがどうのという話はとりあえずまだお目にかかっていない(まあ前半はほとんど財産犯だしな…)。

そんなわけで、民法不法行為と刑事上の犯罪論との間には、基本的に相違があるべきではないというのが上記「刑法と民法の対話」*5の基本的な指向であり、僕もそのように思っている。なぜなら、手続法上の相違を別にして、権利侵害という重要な判断は、民法のレベルでライトに行ってよいものではないからだ。要件効果のうち要件部分が共通である場合に、刑法上犯罪にならないのに民法上損害賠償責任を負わされるというのはおかしな話だ*6

そんなわけで、暇があったらこういうcross AppDomainな壁を、少しずつ崩していくような勉強も面白そうだな、と思った次第である。

*1:大審院判例などは参照されるから、戦前の判例が無視されているというわけではない

*2:権利侵害を自ら犯す意思ではない点もなお注意を要するが、筆者の立場ではいずれにしろ重要ではない

*3:まあ刑事裁判でも正当化事由は被告人の立証事由であるなんてゆー刑事訴訟法学者もいたくらいだし

*4:不能犯の典型。

*5:個人的にはこのレビューがベストかと思う

*6:少なくとも建前としては、当事者主義でも職権主義でも事実は変わらないはずなので。