ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

公明正大な特許対策条項はいかにあるべきか

GPLv3の新しいドラフトが出て、まあそれなりにその界隈は反応しているようだ。僕にはNovellがこのドラフトを歓迎しているとは読み取れないのだが、どうやら世間では歓迎していることになっているようだ。僕に言わせれば、新条項の適用が限定付きで例のMicrosoftとの協定を無効化しないのであればそれでいい、っていう立場は、いかにも現実的で(どの立場の意味でも)妥協の産物にしか思えないのだが、それを強く主張すると、きっといらん波風を立てることになる、といったところだろうか。

個人的には、まあそのような妥協を積極的に非難するほどの動機も無いので、GPLv3の特許条項がどうあるべきかというのはあまり重大な関心事ではないのだけど*1、気になっている点を何となく書いてみようと思う。実のところあんまり確たる考えではない。

もし特許対策条項を導入するのであれば、それは単なる対GPLソフトウェア権利不行使ではなく、権利侵害主張者に対する防御のための留保目的を例外とした普遍的な権利放棄条項となるべきだ。

というのは、現状の権利不行使条項に基づくロイヤルティフリーライセンスは、あくまでGPLのみを対象とした不完全なものであり、特に非フリーソフトウェアオープンソース界隈を、(フリーソフトウェアコミュニティの一部の表現によれば)ソフトウェア特許の危険にさらすことにしかならないからである。

なぜこれが「危険にさらす」ことになるのかというと、(彼らの論法では)特許に対する心配が無くなることで、ハッカーは自分のソフトウェアにその特許技術を何の躊躇もせずに使用することができるからである。たとえばSunがWebサービス関係のプログラムをGPLv3の下で公開すれば、フリーソフトウェアハッカーはSunの特許でがっちり保護されたコードを、フリーソフトウェアの世界でオープンソース陣営を排除しつつ享受することが出来るのである。LucentがMP3関係のプログラムをGPLv3の下で公開すれば、MP3はLucentのライセンシーとフリーソフトウェアの世界でのみ利用可能になるのである。これは、フリーソフトウェアハッカーを、特許に対して「鈍感」にさせるもので、(彼らの論法によれば)決して許されるべき事ではない。

DD3の第11項の規定が適用されると、フリーソフトウェアの世界ではconveyor特許権が行使されることはないが、その他のライセンス(MIT/X11など)の下では、それらの特許権が行使される可能性がある。これを回避するには、ソースコードGPLの下で配布するしかない、という今までには見られなかった構図が出来上がることになる。FSFにとっては、このような形でソフトウェア特許権が行使された結果オープンソースのコードがフリーソフトウェア化することは、大いに結構なのかもしれないが、ソフトウェアの自由を実現するためにソフトウェア特許を活用するというのは、不正義に他ならない(もちろん、GPLが制度上本来的に自分たちに帰属する著作権を逆用することと、競争者排除的な特許許諾を利用して自らのソフトウェアの利用を促進することとは、全く別次元の問題である。フリーソフトウェアの世界の完全性さえ守られていれば不正義でもかまわない、という主張も失当である)。

著作権とは無関係な特許に関する契約条項*2において、非フリーソフトウェアの世界に対する許諾の強制を、GPLのような著作権法を対象とするライセンスに含めることは、GPLの守備範囲においても可能なことだ(GPLソフトウェア特許に対しては無力だというのははもちろん誤りだし、これが無効だが特許の強制許諾条項そのものは無効でない、という解釈を法律に基づいて説明することは無理だと考える)。人々にはGPLv3に従わない自由があるし、その場合はGPLv3に基づく著作権の許諾が与えられないだけである。

もちろん、これは大いなる誤解かもしれない*3が、それならなおのこと、GPLv3は完全なロイヤルティフリーライセンスを特許権保有者であるconveyorに明示的に要求するよう、変更した方が妥当である。

実のところ、こんなのはいちゃもんだ、と考える方がよっぽど健全だと僕は考える。DD3のような特許条項は、MPLやCPLにも含まれるものである*4。ただし、上記の通り、それはフリーソフトウェア・コミュニティの一部がとってきた態度とは相容れない。

彼らはフリーソフトウェアの世界に対する特許の侵食を防衛しているだけだから、それ以上のことは今回のGPLv3の目的ではない、と消極的に解釈する人もいるかもしれない。でも、少なくともストールマンは、僕とのやり取りの中では、ソフトウェア特許は廃絶しなければならないと主張していたし、GPLv3の変更を通じて彼がそれを目指しているのも、単なる自衛ではないだろうと僕は思う。*5

僕の変更案に基づく改訂がなされたら、もしかしたらSunはGPLv3に移行しないかもしれない。おそらく彼らは、フリーソフトウェアの世界以外では特許権を行使したい(取引の材料にしたい)だろうから。でも、オープンソースの特許危機を回避しなくちゃいけないのであれば、それくらい仕方のないことかもしれない。*6

*1:MS-Novell協定が期間満了を迎えて同じような契約がGPLv3に反して不可能になっているかもしれない頃には、一般人はLinuxでWebアプリを使っているだけで満足できる状態になっていて然るべきじゃね?とか言ってみる。

*2:GPLは契約として解釈すべきである、という立場に基づいている。これは法律家の間での通説的見解であると断言する。

*3:DD3では既に僕が提示しているような許諾を要求しているつもりなのかもしれない。少なくとも明確にスコープを狭めていたDD2の記述とは異なり、DD3では第11項の最後の一節を除いては一般許諾として要求しているようにも読めなくもない。まあ斜め読みではあるのだけど。

*4:ただし、競争者排除性については、個別具体的な事情によってはGPLとMPL/CPLの間での違いが重要になるかもしれない。対象が著作物であるがゆえに代替コードの開発可能性が肯定されたGPL独禁法訴訟とは、判断要素も異なろう。

*5:もちろんGPLv3はストールマンのおもちゃではないし、現に彼は策定プロセスには直接関与はしていないらしいけど。

*6:あるいは、MS/Novell提携の時とは違う判断があるのだとしたら、それは論理的に明らかにされなくちゃいけないことだろう。