ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

住居侵入罪の保護法益 Pt.II

id:atsushieno:20060828 で書きっぱなしにして、忘れていた葛飾事件(住居侵入罪の保護法益)のはなし。もうひとつ思いついた設問があるので追加させてもらおう。

  • NHKの集金の人がやってきたので、うるさいから帰れ、もう二度と来るなと明確に意思表示したが、再度訪問してきたので通報した。なお、問題を簡潔にするため、本当にTVを持っていない(「正当な理由」は無い)ものとする。

葛飾事件については、前提知識として、警察組織と共産党の甘い関係について知っておくと良い。

被告人が共産党だったため、それが無罪になったというだけで厨房丸出しの反応がいくつか見られるのが嘆かわしい。「葛飾事件」というキーワードが出てくるかどうかで、フィルタリングできると推測する。

管理権者意思説(住居権説・新住居権説)は判例から読み取られている立場であって、学説として管理権者意思説を支持する立場は多くない。無視できるレベルと考えられる。

よって、と言うべきか、平穏侵害説が多数説ということになる(とする)わけだが、平穏侵害説の中でもいくつかの立場があることになる。

たとえば、平穏な立入りを装って強盗・窃盗などの罪を犯す場合、立入りは「平穏ではない」とする考え方がある。空き巣は通説的には窃盗罪と住居侵入罪の牽連犯となるので、平穏な立入りでないとしたところで窃盗罪に問擬できるのだから、中止未遂の場合も含めて、実際的な問題にはならないと僕は考える。

単純に犯罪目的を理由に平穏性を否定する立場では、戦前に姦通罪があった頃に、婚外の男性を部屋に招き入れる女性の行為が住居侵入罪の共犯となってしまう、ということにも注意しなければならない。

強盗の目的を秘して玄関から入った場合についても、同レベルの議論ができる(牽連犯であり別個に処罰する必要性が無い)のだけど、さらに言えば、僕はここで被害者の錯誤を理由に平穏性を否定する立場には与さない。この被害者の錯誤は、真意に基づかないものであり、平穏侵害説の立場で考えても法益関係的錯誤と評価されるべきだが、立入り自体は、客観的構成要件のレベルで考えれば平穏なのである。その後に暴行・脅迫等の実行行為に着手して、初めて強盗罪が成立すると考えるべきであり、その時点では間違いなく平穏は害されている(が、牽連犯として強盗罪に吸収される)。

立入りの時点で犯意を理由に住居侵入罪が成立するとしてしまうと、立ち入った後に強盗を思いとどまった場合に、客観的には未だ発生していない犯罪の意思=強盗するつもりであったという主観を罰することになってしまう(立入りは特に知人関係であれば平穏に行われる可能性が多々あるということに注意)。

逆に、暴力団関係者みたいなのが、ドアの前でずっと立ち止まって待ちかまえているような状況は、平穏が客観的に害されていると言えるであろう。

ここで言う「平穏」とは一体何なのか? 平穏侵害説の問題点としてよく言われるのは、結局これが曖昧であるということでなのだけど、僕はこれは「個別具体的な私権の保全」であると理解している*1。曖昧になりがちなプライバシーにかかる諸権利は、具体的に請求可能な権利のみが対象となると理解する。*2

管理権者意思説(とくに新住居権説)は、平穏侵害説よりも曖昧でない主張とも言えるので、平穏侵害説に向けられるような批判はあたらない、と考えられているかもしれないが、いくら「管理権者の意思」という要件が具体的であっても、その要件に根拠が無ければ全く意味がないのである(ここ重要)。

冒頭に挙げたNHK職員の例では、管理権者意思説では住居侵入罪とされることになろう(正当な理由は存在しないのだから、単純に管理権者の意思に依ることになる)。

暴力団関係者の待ちかまえの例では、具体的に生命・身体に危害を加える意図が客観的に認められれば、平穏が侵害されていると言える、ということである。

(この辺、基本的には前田(雅英)説のような方向性を採用しているつもりだが、たぶん前田は強盗の意思で立ち入る行為自体を平穏侵害と捉えるであろう。山口説の方が近いのかも知れないが、いずれにしても今ボストンなので手元で文献を確認することはできない。)

というわけで、僕は「平穏」を否定しようとする立場を支持しない部類での平穏侵害説が妥当であると考える。

(ちなみに、前回のエントリで最後に追加した裏切り者の軍事基地管理人の設例だが、敵軍の招致は当該建造物の管理人が行うべき業務の目的に沿ったものではないので、管理人としての同意を与えているとは言えない。)

余談1: 「ビラ配りを無制限に許すと、無駄なチラシが大量にポストに投げ込まれることによって、ポストが使い物にならなくなってしまう」という点を問題にする向きもあるが*3、ポストに対する物権的請求権(妨害予防請求権)に基づいて排除することが出来る。

*1:定義上、ここには当該不動産の物権的請求権も含まれうるが、不動産侵奪や、果実収集の妨害等が行われているのでない限り、不動産の物権的請求権の侵害と評価できる行為は多くないであろう。

*2:プライバシーの権利については新保 史生「プライバシーの権利の生成と展開」が詳しいが、残念ながら絶版している。

*3:ちなみに葛飾事件判決以降ビラが増えたというのは、どう考えても作り話。数値で証拠を基に論ずるべき