ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

打越隆敏"消尽理論"論文がいただけない件

http://www.grips-ip.jp/ip/paper/MJI05042uchikoshi_abst.pdf


4−1 学説の状況
適法に取得した者の実施が侵害にならない理由としては、所有権説、黙示的実施許諾権説等が唱えられたが、現在「消尽理論」が通説であり、我が国においては、国内における消尽論については、当然成立するものとされ(中山[2002a]364 頁)、その根拠については、余り深くは議論されず、議論の中心は専ら国際消尽の成立に注がれていた。

まともな法律論文であれば、こんな低レベルなまとめ方はしないはず。この著者がどんな勉強をしてきたのかは分かりませんが、消尽理論の根拠に関して僕が習ってきたのは次の通りです。

  • 取引安全論: 特許製品転取得者の安全を害することはできない。クリーニング屋が洗濯機をメーカーから購入して、ビジネスを始めたら、ある日突然全く知らない特許権者がやって来て「その洗濯機を一切使用するな。許諾はしない」と言うことはできない。
  • 二重利得機会論: 特許権者は最初の合法的な流通ルートに載せるための販売を行った時点で既に利益を回収しており、それ以降の流通から利益を得るのは二重の不当な利得である。
  • 黙示的同意論: 特許権者は通常、特許製品転取得者の使用について、黙示的に許諾しているとみなすべきである。

僕が特許法を習ったときは、既にBBS判決が出ていて、黙示的同意論というのは(明示的同意があればOKと言えるのか?という点で)いただけない説だ、ということも講義を経てならっていたものです。

僕が学生の頃はあまり考え無しだったので、取引安全論か二重利得機会論かどちらかでいいんじゃなーい?みたいなことをテストに書いた記憶があるのですが、二重利得機会論を必要条件的な根拠に、取引安全論・黙示的同意論を付帯条件的な根拠に、それぞれしておかなければならないでしょう。というのは、

  • 取引安全論については、「業界ルール」のようなものが市場参加者の合意の下に形成され、「取引安全」が確保されてさえいれば、二重利得が肯定されるのか、という批判が考えられます(例によってボストンにいるので、僕の思いつきレベルですが)。ただし、取引安全が実際に害されるケースにおいて、取引安全論を理由に消尽を肯定することはあって然るべきです。
  • 二重の利得が許されないというのは、どの権利についても自然に言えることでしょう(借金の利子が2回ついてまわりますかね)。二重利得機会論については、記憶が間違っていなければ「法と経済学」まわりにその辺に疑問をもって独自のモデル化を行っていた論文があったような気がしますが、権利者のみを計算の基準に立てる経済モデルが二重利得を肯定したとしても、法のモデルでは二重利得が肯定されるべきとはならないのは当然のことです。
  • 黙示的同意論についても、必要条件とした場合には、明示的不同意があった場合に無意味になってしまうという批判は避けられませんが、十分条件として、明示的不同意が無かったことをもって消尽を肯定することはあって然るべきです。

閑話休題

この打越なる人物が提唱している「特許権料については黙っていて、後から徴収する」というモデルは、さまざまな問題をはらんでいます。

  • 「明示的な意思の表示」があったかどうかを認定する基準が全く提示されていません。
  • もし事前に金額を明示する必要がないとしたら、少なくとも先物取引と同レベルにいかがわしいビジネスです。
  • もし事後回収の可能性がある関連特許について、全て列挙するということであれば、古典的BSDライセンスと同様の問題が生じることになります。
  • もし、そうではなく、包括的に「この製品にかかる特許料は事後回収される可能性があります」と書くだけでOKだとすれば、さらに問題です。
    • その製品にかかる特許権がどれだけ存在するか分からないのですから、特許権の存在を気にする人はまずその製品を購入しないでしょう。誰も気にしないとしたら、サブマリン特許以上の弊害です。
    • 関連特許が何ら存在しない製品についても、同様の表示をすることが出来てしまい、しかもそれを具体的に検討するコストは膨大なものになります。

僕は、この提案はかえって市場をインモラルにするだけで、プラスの効果は見込めないと思いますが、どうでしょうかね。