ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

先週の金曜ドラマ「魔王」を眺めていて、おや?と思ったところがあるので書いておこうと思う。かなりネタバレになるので、見ている人でまだ前回分を見ていない人は今読むことをお薦めしない。


事実の概要としてはこうだ。XはYに借金をかかえていて、恒常的にYに返済を迫られている。ある日Xは、匿名の訴外Aから催涙銃を送付される。同日(?)、Xの子である訴外Bは(訴外Aに教唆された)訴外Cに誘われ外出するが、XはBの不在を、Yに誘拐されたためであると考え、Yに電話して行き先を詰問するも、Yは取り合わなかった。そのため、催涙銃を持ってYの事務所に押しかけて詰問したが、振り払われたため、催涙銃を取り出してYに向けたところ、Yがそれを掴んで捨てようとしたため、催涙銃を発射したところ、Yは喘息の持病(だっけ)をかかえており、催涙ガスによって呼吸困難に陥り、死亡した。

脚本としては、訴外Aは、今のところ、このドラマの主役の1人らしい弁護士(A1と呼ぼう)と思われるが、Yに恨みをいだいていて、上記のような殺人計画を思いついた、という話にしたいのだろうと思う。催涙ガスで殺すことは通常は不可能なので、いわゆる不能犯の問題である。抽象的危険説であれば、殺人罪が適用されることも考えられるが、具体的危険説や客観的危険説(あるいは純粋客観説)であれば、Yが喘息であるというのは当人(あるいは科学的一般人)が具体的事情を知り得なかったのであるから、殺害の故意を認めることはできない。

典型的な不能犯事例を盛り込んだシナリオに見えるが、現実にはA1は故意に欠ける不能犯であるとは主張せず、単なる正当防衛を主張した。脚本をチェックした法律関係のコメンテータがNGを出したのかもしれない。

殺人罪については故意が認められないが、催涙銃を向けた時点で傷害の故意は認められる(催涙ガスを吸わせる行為は生理機能の侵害にあたる)。そして、傷害の結果として死亡した場合には、死傷結果について故意が無い場合であっても傷害致死罪が成立してしまう。これではAのYを合法的に殺そうという意図に沿わない(ちなみに、Aは、Yが喘息であることを知っていて、Xに催涙銃を送って、Cに誘拐…ではないのだが…を教唆した、という事実の全てが明るみに出ても、なお相当因果関係を否定されて殺人とならない可能性が低くない)。

結局、不能犯まわりで綱渡りをするよりは、単に正当防衛を主張した方が簡単なのである。もっとも、喧嘩と正当防衛の事例として捉えるのであれば、振り払われただけで催涙銃を向ける行為は、正当防衛というよりはむしろ脅迫の手段として考えるべきではないかと思うのだが…

(ちなみに、催涙銃を持ち出す行為そのものは、相手が屈強な借金取りであり自衛のために必要であると考えれば妥当であり、これだけで傷害の故意があったとは言えない。)

まあ、通常のTVドラマで法律面のディテールなんか実にてきとーなものなのでツッコミを入れるのも不粋なのだけど、コレはそれなりに練られていたように見えるので、骨を拾ってみた。