ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

「加害者の人権」をNGワードにしようという提案

平川宗信「刑事法の基礎」に大変良い指摘があったので紹介したい。

刑事法の基礎

刑事法の基礎


「被害者の人権と加害者の人権」

マスコミ報道等では、「加害者の人権は守られているのに、被害者の人権は守られていない」などといわれる場合がある。しかし、これは誤解である。「加害の人権」がないのは当然であり、それゆえ「加害者の権利」もない。加害者は、正当防衛からは保護されないのであって、その限りでは法の保護を奪われている。被疑者・被告人には刑事手続き上の権利が認められるが、「被疑者・被告人」と「加害者」は同一ではない。被疑者・被告人には「無罪の推定」があって、有罪が確定するまでは「加害者ではない」と推定されるのである。被疑者・被告人の手続的権利を「加害者の人権」というのは、誤りである。
被疑者・被告人については、国家による自由の制限が認められているために、不当な自由侵害がされないように一定の権利が認められている。これは、「被疑者・被告人としての権利」であり、「加害者としての権利」ではない。受刑者の権利も、自由を奪われている「受刑者としての権利」であって、「加害者としての権利」ではない。前に述べたように、被疑者・被告人・受刑者の権利も、必ずしも十分に守られているわけではない。今後も、その充実・強化が図られなければならない。「犯罪被害者の権利」と「被疑者・被告人の権利」は、シーソーゲームの関係にあるのではなく、車の車輪のように両者とも拡大・向上していくべきものである。犯罪被害者の権利の尊重が、被疑者・被告人・受刑者の権利の切り下げになってはならない。

(P.312, 強調筆者)

他人を適切な均衡を越えて「攻撃する」ことで一般国民が優越感を確保したりストレスを解消したりしようとする向き(とそういう愚民を利用しようとする動き)は、2008年にわたしが実感した、最も好ましくない傾向だと思っている。これに限らず、2008年は、特に強い立場にある民が弱い立場にある民を攻撃する傾向が目立った年だったように思う。

↑の言葉は、当然ながら新しい観念ではなく、既存の法学の概念を整理したものにすぎないが、こうしたわかりやすい言葉が広まることによって、この悪い風潮が少しでも是正されていけば良いなと思う。

この方面でのわたしの懸念のひとつをキーワードであらわすと「重罰化」で、それについてはこれまでも少しここで言及してきた(たとえばid:atsushieno:20081203:p1は、不適切に重罪を科そうとする傾向に対する危機感の表明になっている)。できるかぎり解決していきたい問題だと思う。

ちなみに、(この本の)続く段落では、わたしがほとんど把握していない「修復的司法」についても、「被害者と地域代表が加害者を責め立てて表面的な謝罪と賠償を引き出すにとどまっているとの指摘もある」とも書かれていたり、その論考の内容には好印象を覚えた。規制大好き、悪人に人権はない、みたいな奴が読んだら、悪印象を覚えるかもしれないが。