ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

やっていいことと悪いことがある

年始早々、重大な独禁法問題が表沙汰になったようで。

独占禁止法では、行為要件と弊害要件のふたつが満たされて初めて問題になるので、価格の付け替えがいかに「よくある」行為であっても、それだけでは独占禁止法違反になるとは言えない。という基本的なポイントはまあおいといて。

本件…すなわちマイクロソフトによるHD DVD陣営に対する差別対価の問題…のポイントは、差別対価の弊害要件として「コスト割れ要件」が必要かどうかという点にかかっていると思われる。日本以外での行為については、僕としてはコメントのしようがない。つまり、何も知らん。

本件の価格差がコスト割れに至っているとしたら、それはマイクロソフトの初歩的なミスということになろう*1が、そうでないという前提で話を進めた方が良いだろう。あと、コストの定義についても、平均可変費用説と平均総費用説やその分流が百家争鳴状態のようだが、きりがないのでここでは触れない。

古典的な理解では、一般指定6項にある「低い対価」の意義はコスト割れ要件である、と理解されているが、それは差別対価の場合には不要である、という説が最近のトレンドである(そうな)。それぞれの立場について審決・判決が存在する。

以上の二分説について、白石忠志「独禁法講義」(第三版)では、「ある水準以上の価格は常に許されるという領域を保障しなければ、価格競争が萎縮する。また、コスト割れでなくとも差別対価が違反となり得るということになると、それを知った他の供給者は、行為者の手の内を容易に知ることができて、かえって当該市場で協調的行動が起こりやすくなる。」として、基本的に必要説が妥当であろうとしている。

この問題に関連しそうな審決・判決をあさってみると、その白石教授がまとめたページが見つかるが、この中でもやはり審決は割れているようにみえる(と白石教授は評している)。すなわち、

  • 東京高判平成17年4月27日(平成16年(ネ)第3163号)〔ザ・トーカイ〕では、「公正競争阻害性(不当な力の行使)の認定に当たっては、市場の構造ないし動向、行為者の市場における地位(マーケットシェア)、行為者と競争事業者との供給コストの差及び価格差を設けた行為者の主観的意図等を総合的に勘案して判断すべきものである。」としているのに対して、
  • 東京高判平成17年5月31日(平成16年(ネ)第3204号)〔日本瓦斯〕では、「また、不当な差別対価に当たるかどうかの判断においては、原価割れの有無がその要素になるというべきである。」としている

のである。ただ、僕個人の見方としては、後者はあくまで「要素になる」と述べているのであって、「必須要素である」とまでは断じ去っていないことから、この2つの判決は特に矛盾するものではなく、どちらも総合的考量説であるように思われる。

本件においては、白石教授の懸念する2つのポイントは、実質的に問題になっていないように思われる。本件のような価格差をあっさり設定できているという点では、価格競争は萎縮しているようには見えないし、他の行為者はむしろこの設定された価格差を見て「ああこの程度の価格差ならコスト割れ要件を満足しないわけだ」という風に、手の内が結局読めてしまうのである(それに、他社が追随できるとは到底思えない)。

そんなわけで、白石説に異を唱えるっていう暴挙を年始早々ぶち上げてみた。以上を、ほぼ白石テキストを読んだ範囲だけで書いているというのは笑うところかも。

*1:そもそも価格差を次世代DVDの製造コスト単体で見るのか、Windowsという製品全体のコストとして見るのか?