ものがたり(旧)

atsushieno.hatenablog.com に続く

「初音ミク」の著作権者はどこまで作曲者の権利を制限できるか

どうやらネットの一部では、MIAU設立発表会に合わせて初音ミクの画像がGoogleやYahooの検索結果から消失した件が、MIAU設立のニュースをかき消そうという権利団体による陰謀だったんだ、という話があったようだ。楽しすぎるし、この陰謀論はなかなかすてきだ。

http://fladdict.net/blog/2007/10/post_99.html

MIAU関係者としては「初音ミクMIAUにひどい事をしたよね(´・ω・`)」と逆恨みして反撃しておかなければなるまい。

というわけで、今日は初音ミクに関するネタをひとつ。僕は体験版も持っていないし*1、使ったこともないのだけど、面白いソフトだと思っている。次のvocaloidは是非Angela Gossowで作ってもらいたいとも思っている*2。これを買うのは、その前に家にあるヤマハのシンセで遊び倒す義務を果たしてからでないと難しいけど。

本題に入る前に、前フリとして、初音ミクの使用許諾契約に関する興味深い考察がまとめられていたので紹介させてもらいたい。

http://chikura.fprog.com/index.php?UID=1192519943

使用許諾自体に解釈にぶれの生じうる文言が含まれていて、これを利用した楽曲の公表には少なからず問題が生じうるという話である。「そんなの、当たり前じゃないか」と感じる人もいるかもしれないが、作成された楽曲について、誰のどのような権利が及ぶのかをちゃんと考えなければならない。ここには「当たり前」のことなど何もない。

上記エントリは、ライセンスは必ず強制力をもつというミクロな前提に立って読めば、よく考えられた細やかな解釈論だと思う。ここでは、その分析内容は正しいものとして*3、もう少し複合的な視点で考察してみたいと思う。

初音ミク使用曲の著作権の帰属

まず、僕は、作成された楽曲に対して、初音ミク著作権者であるクリプトンあるいはそのバックエンドであるvocaloid著作権者であるヤマハ、さらには音声素材を提供した藤田咲著作権を有する事は無いと考える*4

その理由は大きく分けて2つあるが、まず「初音ミク」がどういう存在であるかをおさらいしておきたい。「初音ミク」そのものは、ユーザーの入力するメロディと歌詞をユーザーからの入力として、声優藤田咲の声を録音した音素をソフトウェアの固定入力として、vocaloid 2と呼ばれるソフトウェア機構に掛け合わせて、最終的な音声データを生成する。問題になるのは、この(1)vocaloid 2という機構と、(2)藤田咲の声をサンプリングしたものである。

まず、(1)vocaloid 2による音声の生成は、楽器の仕組みそのものであり、楽器の作者がその楽器を使用して作成する音楽について創作性をもたらすとは解されない。これは、id:atsushieno:20060903で書いた、「コンピュータを利用した自動生成物」にそのソフトウェア作者が著作権を及ぼす事はないという論による。*5

gccの作者は、あなたの書いたプログラムに対して著作権を及ぼす事は無い。glibcについては(少なくともstatic linkされた場合は)影響を及ぼしうるが、これはあなたの書いたコードに対する権利ではなく、生成物にglibcそのものが含まれ、かつglibc自体が著作物であるためである。

初音ミクについて同様に考えると、(2)藤田咲の声そのものが著作物であるかどうかが問われることになる。

著作物としての歌詞とメロディを歌ったのであれば、それは著作物の実演として評価されるが、藤田咲の声という音素そのものは、著作権法上のコンテキストで「著作物」であると解することは難しい。スタインウェイのピアノを使用して演奏したピアノ曲著作権の一部がスタインウェイ社に帰属したり、レスポールのギターで演奏した曲の著作権の一部がレス・ポールギブソン社に帰属したりすることはないのと同じことである。藤田咲の声にどれほど思想・感情が込められているのか、僕には知る由もないが、どんなに僕が真摯な感情を込めて「愛してる」と口にしたところで著作物にはなりえないのと同様、「あ」とか「お」といった発声も著作物とは言えまい。

理論的には、(a)実用性という非著作物的特徴を超えて、文芸・学術・美術・音楽の範囲に属する思想・感情の表現であるとは言えないということも理由として挙げられるし、(b)文字の表現におけるタイプフェースの議論とほぼパラレルに考えることが出来る(そう考えると「サウンドフォント」という存在は象徴的である)。著作権法のコンテキストでは保護対象とはならない。

著作権法ではなく不正競争防止法民法709条の不法行為の観点で問題になるケースもあるかもしれないが、少なくとも僕は不法行為の構成要件解釈については、id:atsushieno:20070323に書いたように、権利侵害(・法律上の利益)を限定的に解釈する立場である。)

楽曲に対する著作権は存在しないが…

では「初音ミク」を使用して作成した楽曲は無制約に配布できるのかというと、必ずしもそうとは言えない。ソフトウェアとしての初音ミクをインストールするには、プログラム著作物としての「初音ミク」の複製権の許諾が必要になるからだ*6。使用許諾として本来的に必要でないはずの条項が、電子商取引にかかる準則に照らして有効であるかどうかを判断されるような事態が生じた場合、著作権のスコープはプログラムの著作物としてのそれに限られることになる、という点には留意すべきであろう。

ところが、無償公開で配布された楽曲を、初音ミクを使用して作曲した当人とは別のネットユーザーが、自作映像や自らの楽曲とリミックスした場合、クリプトン、ヤマハ藤田咲三者は、この派生著作物の配布を差し止める事が出来ない。それは、この派生著作物の作成者はプログラムの著作物「初音ミク」の利用者ではないため、そのライセンスが前提とする複製権の射程にはおらず、また原著作物たる楽曲には、クリプトン、ヤマハ藤田咲のいずれの権利も及んでいないからである。

自らに対してはライセンス上禁止とされているような利用を第三者が行うことを、楽曲を無償公開する初音ミクのユーザーが、自らの責任において制約しなければならないということはできないであろう。そのような義務は、初音ミクの使用許諾契約に契約条項として明記してある必要がある(明記してあるとしても契約の有効性・妥当性・射程の議論が生じる余地はある)。

初音ミク藤田咲の声)を使用して、例えばわいせつ物とまでは言えない程度の下品な文言を合成した場合、その公開態様によっては、藤田咲の名誉権などが問われてしまう可能性も無いとは言えない*7。ただし、単にそのような文言をしゃべらせたからと言って、ただちに名誉が毀損されるわけではないことに注意。藤田咲本人が自分に向かって口にしたわけではないという事実を明らかにしているふかわりょうを、この文脈で非難する理由は無い。

(そもそも、私的使用の範囲で同氏が初音ミクに何をしゃべらせようと、それはライセンス違反の問題にはならないであろう。あくまでそのような音声データが公開された時に問題となりうる。)

補足

念のためもう一度書いておくけど、僕は初音ミクには触った事もないし、契約条項も見た事があるわけではないので、上記のほとんどは推測に基づいている。

僕には、クリプトンの人は、↑みたいな考え方は何となく掴んでいて、その上でなるべく問題が起こらず利用を促進できるような方向を模索して、いろいろ問い合わせに答えているように見えている。彼らも、下手なことを主張したら自分たちの音楽制作がかえって窮屈になるということを、十分に理解しているのだと思う。その辺にも僕は好感を覚える(まあ、思い込みだけど)。

*1:定期的にフリーソフト特集ばかりやっているあのDTM Magazineを、今月ばかりは見かける事がないので…

*2:ウソ。ていうかアー○・エネミー(宗教上の争いを防ぐため伏せ字)は聴かないのでよく知らない。でも本当に出来たら「脳みそおかわり」くらい歌わせてみたい。

*3:細かく言えば「公序良俗に反する」の解釈などにつき異論もあるが、ことさら大きく取り上げる問題でもないだろう。

*4:僕の初音ミクに関する知識は大して深いものではないので、当事者の宛名については間違いがあるかもしれないが、初音ミクの創作に関与した人たちを指すものとする

*5:もちろん、これは僕だけの珍説というわけではない。中山信弘著作権法」P.187参照。

*6:逆に言えば、著作権の制限等によって、複製権の許諾が不要であった場合には、その制約は問題にならない。

*7:たとえば藤田咲本人がそのように発声したかのように公開した場合